新しい「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」が発表されました。これら2つは防衛省と自衛隊が「こんな感じでいきまっせ!」という防衛政策の設計図です。
大筋では、防衛費の総額を抑えつつ、中国対策へのシフトを鮮明にしています。
そのために具体的には南西諸島への部隊配備と、周辺海空域への警戒・監視体制の強化を打ち出しています。
この背景には中国の際限ない軍拡とその戦略があり、それに対抗するアメリカ軍の新構想が透けて見えます。
中国の軍事力の増大
新しい防衛大綱では中国についてこう論じています。
大国として成長を続ける中国は、世界と地域のために重要な役割を果たしつつある。他方で、中国は国防費を継続的に増加し、核・ミサイル戦力や海・空軍を中心とした軍事力の広範かつ急速な近代化を進め……地域・国際社会の懸念事項となっている。
防衛省・自衛隊:平成23年度以降に係る防衛計画の大綱について
今年2010年は中国がらみでいくつかの事件がありました。中国艦隊の沖縄周辺の通過と沖の鳥島周回、そして尖閣諸島沖の衝突事件、その後のレアアース禁輸。また劉暁波氏のノーベル平和賞へのリアクション。中国が野心的な対外姿勢をとり、時として極めて強硬でありうることが印象づけられました。
その背景には軍事力の増強に裏打ちされた中国のパワー増大と、日本のパワーが相対的な縮小があげられます。ゆうま先生は先の尖閣諸島沖事件の際、こう論じてらっしゃいます。
(中国が)尖閣諸島問題をそのように「核心的利益」に属するものとして「格上げ」できた背景には、影響力の増大、パワーの対日相対量の拡大があるでしょう。そうした意味で、日中パワーバランスのシフトが顕在化したという深層原因は無視できないものと思うのであります。
http://out-o.jugem.jp/?eid=369#sequel
このような背景を踏まえ、新防衛大綱は中国へのシフトを明確化しました。
日本の防衛戦略は中国へ焦点化
ウォールストリートジャーナルでは新たな防衛大綱についてこう論じられています。
久しく待望されていた新たな「防衛計画の大綱」(新防衛大綱)が先週発表され、日本もようやくポスト冷戦時代に入った。日本政府は、日本の国益に脅威をもたらす可能性の最も高い国が中国であることを認識し、それに沿って戦略の焦点をシフトさせた。
/ WSJ日本版 - jp.WSJ.com - Wsj.com
中国は猛烈な勢いで軍拡をつづけ、留まるところを知りません。中国の軍事動向に詳しい専門誌「漢和防務評論」によれば、中国軍の見積もりでは2030年の防衛費は現在のさらに3倍の約3千億ドル(約26兆円)に登ると見積もられています。(7/30 共同)*1軍事力を背景にして南シナ海、東シナ海で海洋権益の拡張をすすめる中国は周辺国の脅威となっています。そこで日本に限らず、アジア・太平洋諸国の多くはそれぞれに中国への対策を練らざるを得なくなっています。
中国の脅威が増大するにつれ、日本は他のアジア諸国と同様、防衛戦略を見直し、米国に接近しようとしている。アジア諸国は、中国との貿易は増やし、表立った対立は避けながら国境警備や軍備を強化、中国が威力を背景に領土問題で圧力を掛けてくる場合に備えている。
/ WSJ日本版 - jp.WSJ.com - Wsj.com
こういった状況の中で、日本も中国の軍事力と向かい合いつつ、それを抑止し、自国の権益を擁護し、紛争を未然に防いでアジア・太平洋地域を安定させる方向性が明らかにされました。妥当なことです。具体的にはどんな変化がこれから起こるのか、見てみましょう。
陸海空すべてが南西諸島防衛へシフト
新大綱では兎にも角にも沖縄県の島嶼防衛を優先しています。陸海空の3自衛隊すべてが、それぞれの形で沖縄県周辺の防衛態勢強化にシフトしています。
陸上自衛隊は沖縄県に配備する部隊を増やす予定です。沿岸監視部隊を島嶼に配備する、と明記されていおり、恐らくは与那国島に配備されるでしょう。与那国島は以前から自衛隊の誘致にむけて動いており、前回の市長町長選挙でも自衛隊誘致に賛成の市長が当選しました。新大綱の発表移行、島内では賛成派と反対派それぞれの運動が活発化しているそうです。*2
地元の自営業者らが自衛隊誘致を目指して設立した「与那国防衛協会」理事の畜産業金城信利さん(36)は、「自衛隊が来れば、日本の一部として国に守られていると実感できる。島は今、孤立無援だ」と力説する。
……今年は尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件や、北朝鮮による韓国・延坪島(ヨンピョンド)砲撃もあり、「国境の島」の危うさを実感したという。「自衛隊がいれば何かあっても守ってもらえるし、災害時も安心。人口も増え、島に活気も戻る」と期待を膨らませる。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101228-OYT1T00625.htm
市町長と市町議会の大勢も前々から誘致に前向きなので、与那国への監視部隊配備は規定路線でしょう。ただ監視だけでは仕方がないので、有事の際に即応して交戦できる部隊が新編されます。沖縄本島の陸自を現行の2千人から倍の4千人に増やすという報道もあり、沖縄本島に初動から柔軟に使える部隊をプールしておくということかもしれません。
初動に続いて本土から増援を迅速に送り込めむためには、機動展開訓練を実施、新たなヘリコプター搭載護衛艦(DDH)の整備が書かれています。新DDHは戦闘能力をかなり省略し、かわりに輸送と指揮の能力を高めた多目的艦です。陸上部隊の搭載とヘリによる輸送、また離島奪還作戦の司令部としての機能が期待ます。また海上自衛隊は他にも哨戒機をつかった警戒監視体制を強化のほか、潜水艦の増勢、対潜水艦戦の重視、機雷を除去する掃海部隊の保持が明記されています。
航空自衛隊も警戒態勢を強化するため、早期警戒機(E−2C)の整備基盤を南西諸島に整えるそうです。早期警戒機とは、シイタケを背中に生やしたような飛行機です。大型のレーダーを積んで、空域の警戒・監視を行います。
警戒のみならず、那覇基地に配備している戦闘機の数も増やします。といっても定数は増えていないので、本州のほかの基地から1個飛行隊を移動させます。また沖縄本島より中国・台湾に近い下地島への空自配備も、防衛省としては実現に前向きなようです。下地島への空自配備が実現されれば、中国の空軍基地よりも尖閣・先島諸島との距離が近いことから、大きな意味があります。
これらの他、3自衛隊の「統合運用」をさらに進めることが明記されています。離島有事においては陸海空が一時に協力することが重要になり、従って統合運用が重要です。
つまりは3自衛隊それぞれの配備転換にせよ、統合運用の推進にせよ、結局は主として沖縄県の離島防衛を重視するということです。
新防衛大綱の背後にあるのは中国の「A2AD」戦略
全体を通して強調されているのは、警戒・監視能力の強化と情報能力の向上です。他には対潜水艦能力と、機雷を除去する掃海部隊の保持、そしてほとんど唯一定数が大きく増している潜水艦隊が注目されます。これらの背景には、日本自身の防衛計画と、アメリカの対中国軍事戦略との関連のなかで決定されたことでしょう。アメリカ軍の早期来援をサポートすることを目指していると推測できます。
大綱の素案を作成したグループ「安防懇」は、アメリカのQDR(「4年ごとの国防計画見直し」)を重視し、これとの連携に注意を払ったと報道されています。(毎日新聞2010/12/4 朝刊「アジアサバイバル:転換期の安保2010 「防衛の現実」同盟依存」)
「委員の間から『QDRと全く同じ表現ではまずい。似た表現にしよう』『QDRの書きぶりはどうなっている?』などという声が出たこともあった。QDRを意識して報告書をまとめたことは否定しない」
安防懇委員の一人は報告書作成に当たり、米QDRを随所に反映させたことを認める。
http://mainichi.jp/select/world/news/20101204ddm003030185000c.html
では安防懇が重視したQDR、直近のアメリカの防衛戦略は何を重視しているのでしょう。端的に言うと中国の「接近阻止・領域拒否(Anti-Access Aria-Denial /A2AD」戦略への対抗です。中国は台湾有事などの際に、アメリカ海軍の来援を阻止し、その活動を妨害する軍事戦略を立てていると考えられています。その間に台湾を攻略する等、中国側の政治目的を達成し終えて、アメリカに介入を断念させることを目指すといわれています。
これへの対抗を念頭において構想されているのがアメリカの統合エア・シー・バトル(JASB)構想です。冷戦期にソ連に対抗すべく開発された「エア・ランド・バトル」がそうであったように、ポスト冷戦期の今日にあって主として中国に対抗すべく構想中の「エア・シー・バトル」は、今後数十年にわたってアメリカ軍の方向性を指導するアイデアになるでしょう。その焦点は、Anti-Access環境下においていかに中国の妨害に耐えて接近し活動するか、および接近できずともいかに有効な攻撃を与えるかにあります。
日本の防衛大綱はQDRを念頭においており、そしてQDRは中国のA2AD戦略を見据えています。よって防衛大綱は、A2ADにいかに対抗するかという文脈で読むと、明快になります。
自衛隊のAnti-Anti-Accessと「南西の壁」
日本の観点からすれば、アメリカ軍の早期来援を助けることが、戦争の早期終結につながり、ひいては自国への被害を軽減することになります。
中国がアメリカ軍を妨げるために使う台湾〜第二列島線までの空間には沖縄県が存在するので、日本は戦いに巻き込まれざるをえません。従って戦争を未然に防ぎ、もし防げなければ早期終結をはかることが望ましいです。また中国側が勝利して台湾・バシーの両海峡をコントロールするのは、日本にとって望ましくない未来です。よってアメリカ軍が一刻も早く来援して中国の意図を挫くのが、日本にとって望ましい早期終戦につながります。
従って自衛隊の役割は、アメリカ軍の来援と活動をサポートになります。アメリカを妨害する中国のAnti-Accessをさらに妨害する、いってみればAnti-Anti-Access能力が求められます。具体的には警戒・監視を強化し、中国艦隊を沖縄以西の東シナ海に閉じ込め、また中国の潜水艦を探知・掃討するのが、日本の立地と得意とを活かす形です。
警戒監視と対潜戦の重視はアメリカ側からの要望にも叶います。(朝日新聞 2010/12/22「中朝の監視『日本の役割』 米、対潜能力強化求める」)
中国や北朝鮮の軍事活動をにらみ、米国が日本に対して「情報・監視・偵察(ISR)」の強化を求めていたことが明らかになった。……米側は特に、中国海軍の潜水艦を想定した「対潜(アンチサブマリン)能力の強化」を求め、海自のP3C哨戒機について「もっと利用すべきだ」と指摘。
http://www.asahi.com/politics/update/1222/TKY201012220407.html
また、敵の先制攻撃を受けて奪われた離島を早期に奪回することも重要です。日本の領土を守ることになるのは言うまでも無いし、その離島に拠って周辺の領域拒否を支援する中国軍の動きがあれば、その阻止につながるからです。自衛隊の指揮所演習ではこういった考えに基づき「南西の壁」という戦略概念をとりいれるそうです。
防衛省は、来年一月下旬に行われる日米共同方面隊指揮所演習(ヤマサクラ)に……陸自で検討されている対中国戦略「南西の壁」を援用する。「南西の壁」は情勢緊迫時に海上自衛隊や米海軍艦艇の航行ルートを確保するため、中国海軍を東シナ海に封じ込める対処行動を意味し、地対艦ミサイル部隊などを離島に機動展開する。
(東京新聞 2010/10/16「南西諸島防衛 日米 初の訓練」)
中国海軍を東シナ海に閉じ込めるにあたっては、宮古海峡を中心とする一帯が焦点になるでしょう。
米中両国の軍事戦略をふまえ、思い切った対中国シフトに一歩を踏み出した
新防衛大綱が思い切って南西方面に焦点をしぼっているのは、文脈に沿ったものと考えられます。他方で今大綱は南西諸島以外での有事については殆ど後先考えずにバッサリ切り捨てられていて、後々問題になりそうです。
とにもかくにも対中国シフトに的を絞った大綱だというべきでしょう。中国にA2AD戦略あり、アメリカはエア・シー・バトル構想を開発中という環境の中で、米軍のスムーズな来援と活動を支援するのが日本の役割である――という認識のもと、思い切った対中国シフトを打ち出したとみるべきではないでしょうか。
もっとも、対中国シフトの方向性に思い切って舵を切ったとはいえ、その方向へ進む程度は、ささやかなものに留まります。ウォールストリートジャーナルもこう記しています。
とはいえ、新防衛大綱は防衛予算のさらなる削減を命じているため、この新しい積極的戦略を実施する能力が果たして自衛隊にあるかどうかが疑問になる。……日本の新しい防衛体制は、ささやかな防衛力増強にとどまる。
/ WSJ日本版 - jp.WSJ.com - Wsj.com
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台湾が長距離ミサイルで北京を狙う理由 〜台湾の防衛戦略
*1:「中国国防費、20年後3倍に 「アジアを圧倒」と軍事誌」共同通信 2010/7/30>
*2:2010/12/28読売「悲願の陸自配備・断固反対、揺れる与那国」