リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

続・のび太がジャイアンを抑止するには? 抑止の発展

 これは「抑止」ってそもそも何なのかを解説するシリーズの第3弾です。戦争が起こることを未然に防ぐため、世界の国々は「抑止」を行っています。抑止とは外国に「戦争を思いとどまらせる」営みです。

これまでのまとめ

 ある国が他国に戦争を仕掛けるのは、戦争によって得られる利益(経済的な利益とは限らない)が、戦争に必要なコスト(金銭のほか人命や評判など色々)よりも大きいと期待できるときです。つまり「勝てる。勝ったら得になる」と判断したときです。これについては第1話の「抑止って何だ?」で触れました。

 そこで戦争を思いとどまらせるには、戦争の利益よりもコストの方を大きくしてやることです。相手が攻めてきたら逆に反撃したり、抵抗したりできるように防衛力を整備します。そして相手に「これでは戦争をやっても勝てないか、もし勝てたとしても目的を達成できないか、目的を果たせたとしても損害の方が大きい。やるだけ損だな。やめよう」と判断させます。防衛力を備えることで相手を思いとどまらせるのです。

 これを「ドラえもん」の”のび太”がジャイアンという外国を抑止するという例で説明したのが、第2回の記事でした。ここでは抑止が3種類(懲罰、拒否、報償)にわけられることを述べました。これらの複合が「抑止」として行われています。

 今回は、前回とは別の観点から抑止の種類をみてみましょう。基本的抑止、拡大抑止、相互抑止の3つです。図にすると以下のようになります。

1つずつ見ていきましょう。

基本的抑止(Basic Deterrence) :のび太⇒ジャイアン

 前回は「のび太がジャイアンを抑止する」という1対1、かつ一方通行の関係を考えました。これを「基本的抑止」といいます。これが抑止のもっとも基本的な形です。

 「ジャイアンがのび太を抑止する」のならば基本的抑止が簡単に成立するでしょう。ジャイアンのパワーが圧倒的に強大であり、のび太はなかなか勝ち目がありません。のび太が何らかの理由(奪われたマンガを取り返したい、とか)のために「ジャイアンにケンカを仕掛けよう」と考えたとしても、思いとどまるでしょう。「でもジャイアンは強いし、殴り返されたら痛いし、負けちゃうからマンガはどうせ取り返せないだろうし、ケンカをしかけるだけムダだよ」と判断するからです。

 しかしながら、すべての国がこれを成立させられるわけではありません。弱小国であるのび太国の側が、強大なジャイアン国を抑止してわが身を守ろうとするには、並々ならぬ努力が必要です。

拡大抑止(Extended Deterrence) :のび太+ドラえもん⇒ジャイアン

 そこで、単独で大国に立ち向かうのではなくて、第三国の力を借りる、という選択肢がでてきます。そうです。ドラえもんの登場です。のび太国は第三国であるドラえもん国と同盟を結びます。同盟とは要するに「もし戦争になったら一緒に戦おう」という約束です。ジャイアンがケンカを仕掛けてきたとしたら、ドラえもんがひみつ道具を使って一緒に戦ってくれるようになります。

 これをジャイアンの側から見てみましょう。のび太一国ならば弱いので、ケンカをしかけてマンガを取り上げる、ということも簡単かもしれません。しかし「でも、のび太にはドラえもんがいるからな。ドラえもんが手助けしたら、やっかいなことになるかも…」と考えて慎重になります。「のび太・ドラえもん同盟軍」の合力をもってすれば、ジャイアンに対しても前回で説明した懲罰的抑止、または拒否的抑止が成立するかもしれません。

 このように外国と同盟して、外国の抑止力を借りて抑止することを「拡大抑止」といいます。ドラえもん国の抑止力は本来ドラえもん自身を守るものですが、同盟によってその有効範囲が拡大して、のび太をも守ってくれるのです。のび太・ドラえもん同盟の場合は”二国間同盟”ですけれど、実際の国際関係ではもっと多くの国が集まって”多国間同盟”を組む場合もあります。のび太、スネオやその他町内の男の子たちが大スクラムを組んで、ジャイアンに対抗する、というようなパターンです。

拡大抑止が失敗するとき

 拡大抑止の実効性について少し補足しておきます。

 マンガ「ドラえもん」において、未来からやってきたドラえもんは野比家に居候しています。のび太の部屋の押入れで寝起きしています。

 拡大抑止が成功するには、必要なことが2つあります。信頼性と即応性です。信頼性とは「のび太が殴られたら、ドラえもんは我が身の危険を顧みずに、必ず立ち上がる」という保障のことです。即応性とは「ドラえもんはのび太がやられる前に駆けつけてくれる」ということです。

 このどちらが欠けても、拡大抑止は失敗します。信頼がないと「ドラえもんはのび太を見捨てるだろう」と疑われます。即応性がないと「ドラえもんが来る前に急いでのび太をボコボコにすればいい」と思われてしまうからです。

なぜドラえもんはのび太の押入れに住んでいるのか?

 この観点からみると、ドラえもんがのび太と同居しているのは非常に合理的です。

 一緒に住む、というのは極めて強い信頼性のあかしになります。一緒に住むことによって連絡が密接になるし、どれだけ仲が良いかという証明です。何より重要なことは、ジャイアンがのび太の部屋(領土)にまで踏み込んだなら、自動的にドラえもんも危険にさらされる、ということです。したがってドラえもんは我が身を守るため、のび太とともにジャイアンに対抗せざるを得なくなるのです。

 また、同居していれば、ジャイアンがのび太の部屋(領土)に踏み込んだとき、そこには既にドラえもんが存在しているのですから、確実に間に合います。即応性も保障されるわけです。

 のび太は外に出歩いて動き回りますから、ドラえもんの助けが間に合わないことはよくあります。だから例としては不適切です。しかし国の場合、領土が空を飛んで動くということはありません。だから領土内に同盟軍を駐留させておけば、その国に敵が攻めてきたときは即座に、確実に、同盟軍と力を合わせて立ち向かうことができます。

 実際の国際関係でいえば、例えば在韓国アメリカ軍です。韓国はアメリカと同盟して、北朝鮮を抑止しています。北朝鮮が攻めてきたとき、アメリカ軍が韓国内に駐留していれば、アメリカの兵士の身が危険にさらされます。アメリカは自国の兵士を守るためにも、参戦せざるを得ないでしょう。アメリカからすれば、敢えて自国の兵士を韓国におき、韓国人と同じ危険に晒すことで、同盟の信頼性をアップさせ、即応性を持たせている、といえます。(日米同盟の場合はもう少し複雑です)

 よって在韓米軍はアメリカが韓国に与えている「自発的人質(ボランティア・ホステージ:volunteer hostage)」と呼ばれています。のび太の押入れに住んでいる「在のび太家ドラえもん軍」のように、同盟国と寝食をともにすることで、同盟の信頼性を確かにし、拡大抑止を機能させているのです。

相互抑止(Mutual Deterrence):のび太⇔ジャイアン

 これまでは「のび太がジャイアンを抑止する」という一方通行の関係で見てきました。これまで見てきた「基本的抑止」や「拡大抑止」によって、のび太がジャイアンに対抗できるようになったとします。するとジャイアンは、のび太の持つマンガを欲しいと思っても、腕ずくで奪うことは思い止まるかもしれません。これが抑止に成功した状態です。

 ところが、このときジャイアンから見れば、逆にのび太の方が脅威になっている可能性があります。ひみつ道具で強くなったのび太は、たいてい好き放題をやらかします。逆にジャイアンにケンカをしかけて、マンガを奪ったりする恐れがあります。そこで今度はジャイアンの方が、のび太を抑止しなければなりません。自分を鍛えるとか仲間を増やすとかしてのび太に対抗し、抑止を成立させようとします。

 このように互いを抑止しあうこと「相互抑止」といいます。これが両者とも上手くいくと、のび太がジャイアンを抑止し、ジャイアンがのび太を抑止している状態になります。将棋でいえば「千日手」で、どちらも身動きがとれません。

 この状態になると互いに戦争を避けようとするので、うまくすれば「仕方がない、話し合いでお互いに妥協して済ませるか」という平和的方向にいき易くなります。軍事的に優位に立った方が横暴になったり、侵略戦争をやったりする、ということを防げるのです。その反面、お互いに武器を突きつけあっているわけですから、対立と不信が絶えません。

抑止の関係とやり方

 今回は「基本的抑止」「拡大抑止」「相互抑止」の3つをみてきました。この3種類と、前回紹介した「懲罰的抑止」「拒否的抑止」「報償的抑止」はどう関係するのでしょうか? 今回の3つは国際関係の中でみて「どういう”関係性”で抑止しているか」をあらわします。前回は抑止を「どういう”やり方”抑止しているか」を説明したものです。

 「のび太がジャイアンを抑止する(のび太⇒ジャイアン)」というのが基本的抑止、つまり1対1の一方通行関係です。しかし一口に基本的抑止といっても、そのやり方は色々です。のび太が強くなってジャイアンに反撃する力を持つことで抑止する懲罰的抑止かもしれないし、あるいはケンカをしない代わりに何かをプレゼントする報償的抑止かもしれません。

 このようなわけで抑止を”やり方”で分類したのが前回であり、”関係”で分類したのが今回の3種類だといえましょう。

○前回の3つ

・懲罰的抑止.....もし〜したら、××するぞ!
・拒否的抑止.....もし〜しても、◯◯できないぞ。
・報償的抑止......もし〜することを思いとどまるなら、△△してあげよう

○今回の3つ

・基本的抑止: のび太⇒ジャイアン
・拡大抑止: のび太+ドラえもん⇒ジャイアン
・相互抑止: のび太⇔ジャイアン

同盟相手は本当にドラえもんでいいの??

 ところで今回、拡大抑止のところで「同盟」という関係がでてきました。実際の国際社会でも、国々は力の大小を考えて他国と同盟しています。今回は「のび太がドラえもんと同盟して、ジャイアンに対抗する」という例をあげました。しかしこのとき「のび太がジャイアンと同盟する」という選択肢は無いのでしょうか? 強大なジャイアンに同盟で対抗するのではなくて、むしろジャイアンと同盟して仲間になってしまった方が得をするのではないのでしょうか? 

 ジャイアンは一番強いから、脅威でもあるけれど、味方にすれば頼もしい存在です。だからどちらを選ぶべきでしょうか? 実際の国家も、このように他国の力の大小に着目して、いろいろな行動をとります。その動きの連鎖が国際社会をつくっています。抑止論の話は今回で一区切りとして、次回はこの点をとりあげる予定です。

参考文献