リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

抑止の種類 のび太がジャイアンを「抑止」するには? 

 今回も抑止論について少しずつ書いてまいります。前回の記事では「抑止ってなんだ?」ということを少しだけ解説しました。

抑止とは「相手国が戦争に訴えて得られる満足より、戦争に必要なコストの方が大きい」状態にすることで、戦争を思いとどまらせる行為です。今回はこの抑止について、より具体的に見ていきましょう。抑止にはいくつかのタイプがあり、それぞれ特徴があります。これを踏まえることで、国家がどのように戦争を押さえ込んでいるかがよりクリアになるでしょう。

戦争が起こる3つの理由

 今回は「ドラえもん」世界における、「のび太」国がいかにして「ジャイアン」国を抑止するか、という例えで考えてみたいと思います。マンガ「ドラえもん」において、のび太はジャイアンによくぶん殴られております。ジャイアンがのび太をぶん殴る理由はさまざまです。またあるときは「マンガを奪って自分のものにする」ためであり、またあるときは「のび太に腹が立ったから、腹いせにぶん殴る」というような気分的な理由だったりします。のび太とジャイアンをそれぞれ国家だと考えると、この「ぶん殴る」というのが戦争に相当します。

 戦争が起きる原因は3つしかない、それは「利益」か「恐怖」あるいは「名誉」だ、といったのはトゥキディデスという人です。この人は有名な歴史家で、「戦史」という本を書きました。なんと紀元前400年ごろの古代人です。しかし戦争の原因をシンプルに言い当てたことにかけて、これ以上の説明はいまだに出ていない、といっても過言ではありません。人類というのは、この面ではあんまり進歩していないのかもしれません。

 「ジャイアン」国が「のび太」国に戦争をしかける理由も、この3つのいずれか、または複合です。「マンガを取り上げる」というような”物質的利益”を得るためだったり、または「ぶん殴ってすっきりする」といった”精神的利益”を得るためのこともあります。あるいはジャイアン自慢の歌や料理を馬鹿にされた”名誉”を回復するため、ということもあるでしょう。ちょっとありそうにない話ですが、のび太に”恐怖”を感じたジャイアンが、恐れのあまり、やられる前にやってしまえとばかり殴りかかることも考えられます。

 が、個々の事情はさておいて、とりあえずそれらは全部「満足」を得るためだとざっくりまとめてしまいましょう。そういった何らかの満足を得るため、のび太国をぶん殴って、言うことを聞かせるわけです。ジャイアン国は武力に訴えることが多く、高い軍事力をもった強国です。のび太国にしばしば戦争を仕掛けてきた、としましょう。

「のび太」国の懲罰的抑止戦略

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 これに対してのび太国側は、自らのマンガからプライドまでいろいろな利益を守るため、ジャイアン国との戦争を避けたい、と考えます。できればジャイアンに「のび太をぶん殴るのは止めておこう」と考えてもらいたい。ぶん殴るのを、思いとどまってほしいのです。そこで抑止戦略を考えます。

 まずは最もベーシックな形として「懲罰的抑止(deterrence by punishment)」が考えられます。体を鍛え、勇気をだして、ジャイアンに負けない強い男の子になります。ジャイアンが無法にも殴りかかってきたならば、殴られっぱなしになるのではなくて、必死になってやり返すぞ、という姿勢を見せます。果敢に反撃してジャイアンをやっつけられるか、勝てはしないまでも、引き分けくらいにはできる程度に強くなります。

 「のび太」国も、マンガ「ドラえもん」第六巻「さようなら、ドラえもん」において、ドラえもんが未来へ帰ってしまう前夜に見せたくらいのガッツをいつも発揮したらどうでしょう。そしてジャイアンへ果敢に”抵抗”するのび太になれば、ジャイアンとしても容易にはケンカをしかけづらくなるでしょう。戦争をしかけた際に自分が受ける被害、つまりコストが上昇するからです。

 最終的にはのび太が負けてしまうとしても、ジャイアンがヘトヘトになるくらい抵抗するとすれば、疲労困憊してやっとマンガ一冊手にいてても割があわないでしょう。これが前回の記事で書いた、戦争の満足よりもコストの方が高くなった状態です。

 そうなると、ジャイアンとしてもできるだけ衝突を避ける方向に動いていくと期待できます。例えば要求を割り引いたり、穏便に交渉をしてマンガを貸してもらう方を考える公算がたかまります。あるいは要求そのものを諦めるかもしれません。

 このように「戦争になったら相手に耐え難い打撃を与える」能力をもち、それを相手に理解させ、戦争を思いとどまらせます。戦争に訴えた相手に”懲罰”を与える能力を保有。「手痛い反撃を受けるから戦争が割に合わない」と相手が考えるよう、誘導するのです。

 これが懲罰的抑止であり、すべての抑止の基本です。現実世界の多くの国は大なり小なりこのタイプの抑止力を保持しています。

拒否的抑止 「ひらりマント」とミサイル防衛

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 とはいえ、のび太がいかに体を鍛えても、ジャイアンを逆にぶっ飛ばすのはちょっと難しいかもしれません。ですが、必ずしもジャイアンに勝つ、あるいは著しいダメージを与えることができなくても、抑止は成立可能です。そのひとつが「拒否的抑止(deterrence by denial)」です。

 ジャイアンが何らかの目的をもって(例えばマンガを奪おうとして)戦争を仕掛けてくるとします。これを打ち負かすほどの力はなくても、その目的達成を不可能にすれば、抑止の成立が期待できます。ドラえもんから「ひらりマント」を借りて、ジャイアンのパンチをすべて回避してしまうのはどうでしょう。ジャイアンを倒すことはできないにしても、こちらが打ち負かされることもなくなります。あるいは、ジャイアンの目的がマンガだけであれば、「殴りかかってきたら、このマンガをどぶに捨てる」と宣言してしまうのもひとつの手です(それによってかえって怒らせないように注意する必要がありますが)。要は、ぶん殴ってきても「思い通りにはならないぞ」ということを示します。

 このように相手の目的達成を”拒否する能力”をもつ方法を「拒否的抑止」といいます。相手が戦争によって得たい「満足」が、手に入らないようにしてしまいます。すると相手は「やるだけ損だ」と判断し、戦争を思いとどまる―と期待できます。

 拒否能力の分かりやすい例としては、日本も導入している「ミサイル防衛」があげられます。相手が弾道ミサイルをちらつかせて威嚇してくるのに対して「弾道ミサイルを撃ってきても、打ち落としてしまうから、そっちの思うようにはならないぞ。だからそんなことしても無駄だぞ」という対抗措置です。

 拒否的抑止に成功した例として、このブログではかつてスイスの例を紹介しました。第二次世界大戦時、スイスはナチス・ドイツに脅威を受けていました。スイスには、ドイツに反撃をし、大ダメージを与えるような力はありません。しかし国土を守りを固め、いざ戦争になったら自分のトンネルを自分で爆破する準備をして、侵略のメリットを減らしました。これによって、ドイツ側に「スイス侵攻は得られる成果が見合わないであろう*1」(駐スイス・ドイツ公使のキュッヘル)と判断させ、侵略を思いとどまらせました。これについては過去の記事「「中立国の戦い スイス、スウェーデン、スペインの苦難の道標」 - リアリズムと防衛ブログに書いたので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

報償的抑止 「おお、心の友よ!」

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 これまでの2つは軍事的な抑止でしたが、こんどは非軍事的な抑止です。相手に戦争を思いとどまらせるかわりに、何かプレゼントをあげます。これを報償的抑止(deterrence by compensation)といいます。

 ぶん殴るのを思いとどまってもらう代わりに、何かジャイアンにプレゼントをします。例えば…もしもマンガを奪わないでくれるなら、ジャイアン・リサイタルのチケット販売を手伝う、というのはどうでしょう。「おお、心の友よ!」と喜んで、殴るのを思いとどまってくれるかもしれません。のび太にとってより大事なマンガを守るために、別のものを相手に提供するわけです。リサイタルを手伝いをすれば、ジャイアン以外の友達からたいそう恨まれるかもしれませんが、そんな損よりもマンガを守る方が大事であれば、この方法には合理性がうまれます。

 国際関係でいえば、核兵器の開発を思いとどまらせるかわりに重油や原子力発電所を援助してあげる、というような取引です。ただこの方法は、一歩間違えるとただの土下座外交になってしまい、足元をみられる恐れがあります。「おお、リサイタルを手伝ってくれるのか、心の友よ! そんなにオレのことを思ってくれるなら、ついでにあれもしてくれ、これもしてくれ。…で、もちろんマンガもくれるよな」と図に乗られてしまうといけません。西洋のことわざでいう「ネズミにミルクをやると、次はクッキーをほしがる」という状態です。そうはならないよう、懲罰的抑止と組み合わせるなどの注意が必要です。

抑止の仕組みと種類

抑止とは相手国に戦争などの行為を「思いとどまらせる」営みです。そのために防衛力を整備するなどして、相手にとって戦争を「割に合わない」と考えさせます。抑止はもっとも基本的な懲罰的抑止のほか、拒否的、報償的の3タイプにわけられます。それぞれの意味をセリフで説明すると、次のようになります。

懲罰的抑止.....もし〜したら、××するぞ!

拒否的抑止.....もし〜しても、◯◯できないぞ。

報償的抑止......もし〜することを思いとどまるなら、△△してあげよう


 このようなメッセージを伝えて相手の判断を誘導します。相手が「やめといた方が合理的だ」と判断したならば、抑止が成功したといえるでしょう。そのために「××するぞ!」と懲罰を与えたり、「○○できないぞ」と言えるだけの拒否能力を備えます。それによって戦争や、それに類する有害な行動を未然に思いとどまらせ、自国の利益が侵害されることを予防します。

 …と、このように論理的にうまくいけばいいのですが、なかなかそうは参りません。なぜなら国力には限界が、抑止には相手があるからです。自国だけでは十分な抑止力を形成できない場合や、お互いに抑止し合うことでかえって国際的緊張が高まり戦争の蓋然性があがってしまうなど、いろいろ不都合なケースがあります

次回はその辺りに話題を移していきたいと思います。

*1:「中立国の戦い」飯山 幸伸 p140