リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

ニコ動で話題の蝉丸Pと池上彰さんに学ぶ「伝える力」

 蝉丸Pこと仁鐵和尚といえば、ニコニコ動画でたいへん有名なお坊様です。

 蝉丸Pの動画「ニコニコ仏教講座」には作者の卓越したコミュニケーション能力がうかがえます。だから、仏教の話なのに、ニコニコ動画をみるような若い人に大きな反響を呼んでいます。わかりやすいし、面白いというのです。

 分かり易く伝えるといえば、池上彰さんを思い出します。池上氏は「週刊子どもニュース」の初代お父さんとしてで一躍有名になりました。彼もまた素晴らしいコミュニケーションの技法、いわば「伝える力」の持ち主です。

 今日は池上氏のご著書「伝える力」を参照しながら、蝉丸Pの動画、そこに秘められたコミュニケーションのコツを読み解いて参りたいと思います。

難しいことを簡単に

 池上氏がNHK記者として修行をなさっている時、このように指導を受けたといいます。

 私が記者として訓練を受けたときは、「中学生にもわかる原稿をかけ」と指導されたものです。新人の新聞記者も、同じことを言われます。

「簡単なことは簡単に」「難しいことも簡単に」
これは、何かを伝えるときの基本です。*1

 と、池上氏は説きますが、私たちはともすれば逆のことをやりがちです。簡単に言えることでも、わざと専門用語を使ったり、ややこしい長文にして、権威を作りたがるのです。「賢い人だ」と思われたいならそれもいいでしょう。

 ですが、何かを伝えようと思うなら、それじゃいけません。相手が感心しても、理解してなければ、伝わったことにはならないからです。ですから「簡単に、簡単に」ということは常に念頭においておくべきでしょう。

 そこへ行くと、蝉丸Pはさすが本職の和尚様です。ひたすら簡単に、分かりやすくというスタイルで仏教を語ってらっしゃいます。例えば動画「宗派の話」です。おシャカ様が仏教を始められてから、今のようにナニナニ宗、ナニナニ教と数多くなった理由などを解説されています。

 ここではまず最初に、一言で結論を述べています。「ニコニコ的に簡潔に申しますならば、原作と二次創作の関係というのがピッタリでして」というのです。

 枝葉をエイヤと省き、本質を「要するにこういうこと!」とズバリまとめてしまう。しかもそれを出し惜しみしないで、最初にカンタンに伝えるのがコツのようです。

 それで相手をひきつけたところで、本題に入るのですが、まだまだ工夫はつきません。

相手の言葉で話す

問題な日本語―どこがおかしい?何がおかしい?

 「カタカナ言葉」をできるだけ使わないように、と池上さんは書いています。

部内向け、社内向けであっても、たとえば
コンプライアンスのためのリスクマネジメントをコーチングするプログラムをディベロップメントしました」
などという表現は、もはや日本語ではありません。…カタカナ用語を使うのは、互いに通じる相手だけに限る。これは最低限、守るべきことです。*2

 そういう言葉ばかり使っている企業の内部や、専門家と話すときは別に構わないでしょう。ですがそうでない人に何かを伝えるには、相手にわかる言葉に言い換えねばなりません。

 これをさらに一歩も二歩も進めたのが蝉丸Pの動画です。相手が非常に親しんでいる言葉を使った例え話を多用してらっしゃいます。蝉丸Pご自身、インタビューでこう仰っています。

自分は、ヲタ系の文化もマンガもゲームも広く浅くやっているので、それぞれの枠組みや文法を使って、仏教を説明してみたのが『ニコニコ仏教講座』なんですね。『ニコニコ動画』にはヲタ系の人が多いですから、そこに合わせた文法で説くという非常にニッチな方法でやっています。

ページが見つかりませんでした | 彼岸寺

 ニコニコ仏教講座では、東方projectアイドルマスターというゲームの例え話で仏教を説明していらっしゃいます。普通の人には分からない例えですが、ニコニコ動画ではよく理解されます。また、東方やアイドルマスターを知らない人でも「何だかよく分からないが、面白い」と感じて興味を持ちます。

 仏教では「人をみて法を説く」というそうです。法とは仏法、仏の教えのことです。蝉丸Pはこれの卓越した実践者というべきでしょう。ニコ動にあってはニコ動の言葉で仏教を説いてしまう。大評判になるわけです。

ジェームズ・ボンドと蝉丸Pの共通点

007は二度死ぬ (デジタルリマスター・バージョン) [DVD]

映画007は有名なスパイアクションです。このストーリー展開に、コミュニケーションの技術が隠されている、と池上氏は説かれます。

映画の冒頭、まず目に飛び込んでくるのは、007であるジェームズ・ボンドがどこかに爆弾をしかけたり、誰かを暗殺したりといった場面。ボンドは敵に見つかり、追いかけるというアクションが展開されます。…「何だろう、何が始まるんだろう」という感じです。*3

 007の物語には、ちょっと複雑な背景があります。スパイ映画なので国際情勢がからんでくるのです。ですがそんな場面を最初に持ってきたら客は白けてしまいます。そこで真っ先にアクションをもってきて、観客をひきつけたところで「実はその背景には…」とやるそうです。

 要するに「つかみ」が大事だということです。まずはとにかく「最初はエンターテイメント」に撤して、人をひきつけるのですね。

 蝉丸Pの動画をみても、「つかみ」には相当の工夫がなされていることが分かります。例えば仏教講座その3「煩悩とは?」です。この動画の冒頭は、こう来ます。

こんばんは、元同級生の女の子から電話があって

ノコノコ出向いたら宗教の勧誘だったでござる

 観ている方は「なんで坊さんが、さらに宗教に勧誘されてんだよ!」と思い切り突っ込みます。そしたらもう負け。つい最後まで見てしまいます。

まずはエンターテイメント

ポクポク木魚木魚は立派な楽器

 個別の動画に限らず、より広い意味でも蝉丸Pは「最初はエンターテイメント」で視聴者をつかんでいます。

本当は、最初から仏教講座をやりたかったんですよ。でも、ネットの世界では知名度がないと、いくらいいコンテンツでも見向きもされない。…(だから)何かキャッチーな作品を作ろうと考えました。

ページが見つかりませんでした | 彼岸寺

 そこでおやりになったのが「仏具で演奏」シリーズです。ゲーム「アイドルマスター」などの音楽を、木魚などで演奏して「面白い」「なんて罰当たりな坊さんだ」と大好評を得ました。その後に仏教講座を出したので、はじめから人も集まり、評判になったということでしょう。

最初はエンターテイメントに撤する、それでまず人を惹きつけるというのは、一つの作品にも、より大局的にも有効なコツなのですね。

「伝える力」には「聞く力」も大事

マギー審司のびっくりデカ耳

 池上氏は「伝える力」のなかに「聞く力」があると言っています。相手の反応に耳を傾ける「聞く力」によって、伝え方が上達するのです。蝉丸Pのブログと動画をみると、まさにそういった良い循環が生まれていることが分かります。

作者の発信 → 読者のリアクション → 作者の気づき → それを生かした発信

 過去の作品をみても、リアクションのコメントを次回作に生かしていることが分かります。「仏具で演奏」シリーズへのコメントで「罰当たり」だというのが多かったことから、仏教の自業自得説を解説するブログ記事が書かれています。さらに「煩悩まみれの坊さんだな」「煩悩って何?」みたいなコメントがあったことがブログ記事「煩悩問答」と動画「煩悩とは?」につながっています。

 視聴者の素朴な感想やギモンのなかで注目すべきものを目ざとく見つけて、それを題材にしていらっしゃるようです。池上氏もいうように「実はそうした素朴な疑問こそ、往々にして本質を衝いている*4」ので、それを題材にすれば自分の勉強にもなり、反響も大きいのでしょう。 

教える人が一番勉強になる


次回のネタを得るだけでなく、蝉丸Pご自身にとっても新たに得るところがあるようです。ご本人のブログにこう書かれています。

コメの傾向から、なかなか面白い結果が出てきており
図らずも最近の若い子の宗教理解のほどを感じられる波紋を見て取ることが出来たので
なんとも貴重な体験であったな…などと

散多法要あれこれ | 坊主めくり

 このように積極的に知ろう、学ぼうとする態度をもっていれば、情報を発信すればするほど、かえって情報が集まってきます。誰かに物事を伝えることで、かえって自分の方が勉強になるのです。

 この学びの態度が極まれば、不愉快なリアクションからすらも学ぶことができるようです。ブログをやっていると、悪意のある(としか思えない)コメントをもらうことは珍しくありません。普通の人はそこで凹んだり、腹を立てたりします。ですが、ニュースサイト「まなめはうす」管理人ののid:manameさんは、こう書いています。(太字等強調は私によります)

★ブログに悪意あるブックマークをされた
http://anond.hatelabo.jp/20091222215003 (情報元:増田)


それは名誉ですよ! 人が嫌がる反応を見せるなんてものすごい情報ですから、どうしてその人がそう反応したのか考えれば理由がわかるはず。

@nifty:@homepage:エラー

 ここまでの境地に至れば、どんなものからも気づき、学び、生かすことができるでしょう。このように、情報を誰かに伝えようと発信することは、視聴者・読者にとってだけでなく、発信者自身にとっても非常に勉強になることです。

 ところで蝉丸Pのお好きな映画は、何と「フルメタルジャケット(海兵隊の訓練シーンとハートマン軍曹)」らしいです。(映画のご趣味とご職業についてはもはや突っ込むまい)

 そこでハートマン軍曹(上の写真のおっちゃん)風にいうならば、情報発信は「お前によし! 俺によし!(Good for You! Good for Me!)」。簡単に、相手の言葉で、興味を引くように伝えてあげて、返ってきた反応から多くを見過ごさないならば、ドンドン学べて「伝える力」が伸びるものなのですね。

そんな蝉丸Pを09年度アルファブロガーに推薦しようぜ!

 現在、アルファブロガー・アワード2009がノミネート募集中です。そこで私は蝉丸Pのブログ「坊主めくり」を「ビデオキャスト、ポッドキャスト」部門で一票いれてきました。アルファブロガーアワードのノミネートフォームは以下ですので、ご同感いただける方はぜひ「坊主めくりhttp://bouzumekuri.jugem.cc/)」に一票を!
 
アルファブロガー・アワード2009 ノミネートフォーム

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*1:「伝える力」池上彰著 p153-154

*2:前掲書 p145

*3:前掲書 p48

*4:前掲書 p17-21