リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

民間船舶を徴用する中国軍の上陸作戦

 中国は自国の海洋権益を広げるために、漁船を先駆けとして活用していることで知られています。先の尖閣沖事件、その3ヶ月前におこったインドネシアにおいてもそうでした。もと外交官の茂田氏はこう分析されています。

 中国のこういう場合のやり方には一つのパターンがあり、漁船を送り込む、その後、武装した監視船や海軍艦船を送り込むというものである。

尖閣諸島問題 - 国際情報センター - Yahoo!ブログ

 漁船は民間人が動かしているとはいえ、時として中国政府の指示で動員され、手ごまとして使われているようです。ですが、中国が利用する民間船は、漁船だけではありません。もし中国がどこかの国と戦争になった場合、中国籍の貨物船、貨客船など多くの民間船舶が徴用されることが決まっています。台湾などへ中国が軍隊を送り、上陸作戦を行う際に、これらの船舶が兵士や物資を搭載して使われるのです。

 今回は民間船を動員した中国軍の上陸作戦について取り上げます。ちょっとだけ専門的な内容です。

民間船をつかった上陸訓練

 中国軍は今から30年ほどまえ、1980年代から、上陸作戦のために民間船を徴用して使う研究を重ねてきました。90年代に入ると、だんだんとその成果が実ってきたので、実際に民間船舶を動員して軍隊といっしょに訓練を行うようになります。

九〇年一〇月、同(瀋陽)軍区のある部隊が千余人の将兵と兵器・装備を満載した客船と二隻の貨物船から編成された船団が、敵の空襲と機雷が散布された海域を一昼夜航行して、目的地に到達し、海上輸送任務を果たしたことが報じられた。


(平松茂雄著 「台湾問題」p5 )

 民間船舶を用いた上陸訓練の第一報です。その後、この種の訓練は大規模化していきます。96年11月にはさらに多数の兵員を投入し、さらには陸海空三軍の協同で演習が実施されました。

大型の民間ロロ船を使用して機械化部隊を輸送し、工兵が水際に短時間で機動式埠頭を架設して大量の戦車・装甲車・各種火砲を迅速に上陸させる訓練が実施され……次のような成果をあげた。


1 民間の大型貨客船を使用して機械化部隊を隠蔽し、巧妙に偽装を行って海上発射装置を設置し、重装備大部隊の迅速渡海作戦に新しい道を開いた。


2 部隊の制式機材を民間施設と相互に結合する方式を採用した。舟橋とバージ船を組み合わせて迅速に橋梁を架設する野戦式機動埠頭は、埠頭のない条件下での大量の戦車・装甲車・各種火砲を迅速に上陸させる重要な難題を解決した。……


(p5-6 「台湾問題」 元記事は「解放軍報」の96年1月21日および99年9月26日)

 また、作戦開始前に上陸部隊を広く分散させ、作戦意図を隠す訓練も行われています。その上、民間船をつかうことで、積載されているのが軍の部隊だということをある程度まで隠蔽することも考えているようです。色々な手段をつかって奇襲的に重戦力を揚陸できるよう訓練したのです。

 このような上陸演習は、外交の手段としても用いられています。99年9月に行われた演習がそれです。台湾の李登輝総統が台湾と中国について「国と国との特殊な関係」だと発言し、「1つの中国」を否定したことへの対抗措置です。

浙江省東部沿岸では、先進的な上陸艦艇と千隻近くの民間船舶に輸送された数万の上陸部隊は……多様な方式で戦車を迅速に上陸させ、水陸両用装甲車群、空挺部隊と合流して、「敵守備隊」を突破し、分割し、包囲殲滅した。


……陳ヘイ徳南京軍区司令員は……「人民戦争の栄えある伝統を発揚し、民間船舶と軍の主力を組み合わせ、大規模な渡海・上陸作戦を進める戦略課題について研究と模索を深め、一連の難題を解決し、戦区内の数十万隻にのぼる民間船舶をいつでも徴用できるようにして、大部隊の渡海・上陸作戦の要請を保障した」と評価した。


(「台湾問題」p7-8)

 中国海軍の揚陸艦艇は、近年、急速に増強されています。それに加え、訓練でさえ千隻近い民間船舶を使い、大軍を上陸させることを可能としています。中国軍の揚陸能力を見積もる際には、軍の艦艇だけ勘定してよしとするのではなく、民間船の大量動員を考慮にいれる必要があるのです。(参考)

中国はフォークランド紛争の戦訓を学んだ


 中国はこのような民間船徴用の研究を80年代から本格化させたと見られています。


最初のキッカケは82年のフォークランド紛争です。アルゼンチンとイギリスがフォークランド諸島の領有権を争ったこの紛争で、勝利したイギリス軍は多くの民間船を動員しました。


有名なクルーズ客船である「クイーン・エリザベス2(写真)」も、英国海軍に徴用され、フォークランド紛争に参加しました。民間船の輸送力なくして、イギリス海軍がフォークランド諸島へ上陸作戦を行うことは不可能に近かったでしょう。

 中国はこの戦訓を敏感にくみとりました。「解放軍報」に掲載された中国国防大学の教員たちによる論文ではイギリスの民間船徴用制度を見習い、中国も取り入れるべきだ、と説いています。その内容を覗いてみましょう。

論文は「七四日間のフォークランド紛争で英軍は大規模な特別混成艦隊を組織した。そのなかには五六隻の民用船舶があり、英軍が戦争に勝利する上で大きな貢献を果たした」として、英国には次のような計画が平時において実施されていたことを論述している。


…英国の法律(船舶徴用令)は、すべての英国籍船舶に対して戦時に徴用できることを規定している。……商船の乗員は三年おきに二八日間の軍事訓練に参加する。軍事法規に基づき、徴用される商船は戦区に入った後、乗員は現役軍人に転換し、軍事指揮官の統一指揮を受ける。


……以上のような戦争の経験から、論文は「利用できるすべての海上輸送力を動員し……海上民用船隊を建設することは、海上作戦および上陸作戦で勝利する重要な保障である……」

(「江沢民時代の軍事改革」平松茂雄 p213-214)

 この戦訓を80年代に拾った中国は、その後研究を重ね、制度を整えました。民用船舶動員準備法、民用船舶動員計画が制定されました。さらには徴用可能な民間船には、その積載量や船主などをきちんと政府に届け出るよう義務付け、動員できる船の能力とリストを平時から把握するようにしました。こうした制度作りの甲斐あって、中国の船舶徴用体制は充実していきました。

これらの措置・演練により、いったん命令が下れば、近くは東シナ海、黄海、南シナ海、遠くは西太平洋などの海域で操業中の民用船は、数十時間内に集結し、渡海・上陸作戦で渡海・輸送などの任務を遂行できる。


(p6-7「台湾問題」)

 この結果、90年代以降には徴用船舶を軍の上陸演習に参加させられるまでになったのです。徴用された民間船舶は上陸作戦とその後の補給に投入され、中国軍の海外遠征をサポートするでしょう。このように30年前から淡々と制度づくりを進め、海外の国の領土へ上陸する能力を磨いてきたのが中国です。

 そして今日、さらに軍の揚陸艦艇を続々と新造する計画をたてています。「週刊オブイェクト」によれば、新造予定の揚陸艦は大型で、数も多く、台湾海峡だけを渡るには役不足な大戦力です。

もしドック揚陸艦6隻、強襲揚陸艦6隻の計12隻が配備されれば、中国海軍の揚陸戦力の劇的な変質が始まったと見做せます。それは台湾攻略に主眼を置いた中小揚陸艦艇の大量配備から、遠隔地への戦力投射を目指した大型揚陸艦の整備となり、力の向かう矛先がこれまでと異なって来る事を意味します。

中国海軍、ドック揚陸艦と強襲揚陸艦の大量建造に着手か : 週刊オブイェクト


その上陸能力は台湾のみならず、より遠くの東アジア諸国に対しても睨みをきかせることになるでしょう。もちろん、日本だけが例外でいられるはずもありません。

引用文献

江沢民時代の軍事改革台湾問題―中国と米国の軍事的確執
いずれも中国軍の研究、とりわけ海軍の研究では日本で最も信頼がおける平松氏の著作です。中国の戦略について理解するにはいずれも必読といえる文献です。