リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「ロシアが軍事介入」のインパクト

ロシアはウクライナへの派兵を決定しました。対してウクライナ新政権は軍に厳戒態勢をとるよう命じ、さらには予備役を招集しました。国連安保理では米欧・露が互いの主張をぶつけあい、NATOは緊急の大使級会合を開きました。ウクライナ危機は、急激に深刻さを増しています。はたして戦争になるのでしょうか? 直近の動きをレビューしてみます。

ロシア上院は軍事介入を承認。ロシア系住民と、独自の国益を守る

プーチン大統領はウクライナ危機での軍事介入を提起し、ロシア上院に承認されました。

ロシア政府によると、プーチン大統領は上院に対し、「ウクライナにおける異常事態でロシア国民の生命が脅かされている」として、軍の派遣を承認するよう求めた。また、クリミアのセバストポリで「国際法に完全に準拠して」駐屯しているロシア黒海艦隊の軍人らを保護しなければならないと述べた。(AFP3/21「ロシア上院、ウクライナへの軍の派遣を承認」

アメリカのオバマ大統領は2月28日の声明で、「いかなる軍事介入にも代償が伴う」とロシアに警告(CNN3/1)。「勝手なことをすると、アメリカが黙っていないぞ」と啖呵をきったわけです。しかしロシア紙の報道によれば、その2日後、プーチンはオバマと電話会談し、直に反撃。「暴動が起こっている東部ウクライナとクリミアにおいて、ロシア系住民およびロシア独自の国益を防衛する権利を、モスクワは保有している」と(ロシア紙3/2)。 当面の焦点はクリミアですが、ロシア系住民が多い東部ウクライナについても、軍事介入の権利をほのめかす強気の姿勢です。軍隊の派兵をためらわないロシアの姿勢は、ウクライナを動揺させています。反ロシアと、親ロシアに。

クリミア政府はロシア軍と協力。住民投票へ

 クリミアでは親ロシアの集会が開かれ、市民が大きなロシア国旗を掲げています。 また、クリミア自治政府の首相は、ロシア軍の派兵を歓迎しています。クリミア政府は黒海艦隊と共同して、地域の重要拠点を警備している、と声明しました。そしてロシアに更なる協力を要請しています。(ロシア紙 3/1 「Crimean Leader Appeals to Putin, Confirms Russian Troop Presence」) こうしてクリミアの市民自身による要請を受け、ロシア軍は堂々とクリミアに増派できます。クリミアで多数を占めるロシア系市民は「ロシアが守ってくれる」と考え、ますます親ロシア姿勢になるでしょう。 このような環境の中、クリミア政府は自治権拡大を求める住民投票を3月中に前倒しにすることを決めました。このまま推移すれば、ロシア軍の武力に守られたクリミアの人々は、自らの意志でウクライナからの分離を決めるでしょう。ロシアにすれば民主的な手続きのもと、クリミアをウクライナから切り取れるかっこうです。

「ウクライナを助けて」と反ロシア市民

一方、ロシアの軍事介入決定をうけ、ウクライナ新政府はNATOに助けを求めています。首都キエフで行われた反ロシア派の市民集会では、市民がメディアを通じて国際社会に「ウクライナを助けて」とアピールしました。(ロシア紙3/2「Ukraine Appeals to NATO for Assistance」)

 

 ウクライナ危機はそもそもウクライナがEUに加わる姿勢を見せたところからが、起点の一つになっています。ですが、いざウクライナが軍事的脅威に晒されたとき、軍事的に救援する力はEUにはありません。 ヨーロッパには2種類の軍事的枠組みがあります。一つはEUがもつ軍事力、もう一つはNATOです。 EUは経済的な連合から始まりましたが、周辺地域への軍事介入のために欧州戦闘群を創設しています。しかし主に人道支援や治安任務を想定したもので、ロシア軍を向こうにまわして戦えるような規模はありません。 これに対してNATOは、もともと対ソ連の第三次世界大戦を想定して作られた軍事同盟です。ロシア軍に対抗するならNATOの枠組みを使わないと厳しいところです。NATO軍の司令官が常にアメリカ人であることから分かるように、NATOの中心はアメリカです。よってウクライナはヨーロッパに助けを求めるというより、実質、アメリカにすがる他ありません。 なので市民集会のアピールもこうなります。

 

「USA,protect us! Please!(お願いアメリカ、私たちを守って!)」

 

 軍事と外交は自動車の左右のタイヤのようなもの。独自の軍事力で擁護できる範囲を越えた外交をやろうとすると、帳尻があわなくなります。その差分は他国の軍事力頼みです。

 

しかし、アメリカはついこの前、10万の市民が虐殺されても、シリアとすら戦おうとしなかったのです。まして自らロシア国旗を掲げるクリミアのために、ロシアと戦ってくれるとは誰も思わないでしょう。

 

日本や韓国のように駐留米軍という人質をとっているわけでもないのに。 ロシア軍の迅速な派兵、危機にタイミングを合わせた大規模演習の実施でみせた高い即応性は、5年あまりロシアが進めてきた軍改革の成果がでたといえるでしょう。

 

いざという時に備えて軍事力に投資してきた国と、そうでない国との差です。 ロシアは実にすばやく、係争地に軍隊を次々送り込みました。ゲームが始まるや、ただちに掛け金を積み上げたかっこうです。対抗するプレーヤーは対処が間に合わず、圧倒されます。強力なプレゼンスを発揮し、事態を主導しています。

分裂の危機はクリミアに留まらない?

ロシア軍の派兵は当面のところ、おそらくクリミア半島内にとどまるでしょう。ですがその影響力は、より広域に及びます。ロシア語を話し、親ロシア姿勢の市民はウクライナ東部に多くいるからです。ロシア紙は報じています。

東部ウクライナの複数の地方自治体の庁舎において、ロシアの国旗が掲げられたという。(Russian flags were reportedly raised Saturday over local government buildings in cities across eastern Ukraine, including Kharkhiv, Donetsk, Odessa, Mariupol and Dnieperpetrovsk.)(ロシア紙3/1「Clash Breaks Out at Pro-Russian Rally in East Ukraine」

このようにクリミアのみならずウクライナ東部でも親ロシアの動きが高まると、ウクライナは本格的な分裂の危機にさらされます。

 

ロシアとしては、このままクリミア半島だけを切り取るも良し。分裂を避けたいウクライナ新政権が、親欧路線を捨ててロシアの勢力下に戻ればさらに良し、ではないでしょうか。

 

ロシアはその軍事力を、十分なインパクトを生むほどには威嚇的に、かつ欧米に対抗介入を躊躇わせる程度には抑制的に用いるでしょう。最終的には「住民自らの意志で」という点が落とし所ではないでしょうか。 いまのところ、ロシアの介入劇は、水際立った冴えを見せています。