リアリズムと防衛を学ぶ

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自衛隊の統合運用についてまとめ

自衛隊は統合運用を推進しています。

そのために統合幕僚長と統合幕僚監部を設置し、
最近あらたに陸上総隊を創設することを検討中です。

この記事では自衛隊の統合運用についてまとめます。

統合運用とは何か?

 統合運用とは陸海空の三自衛隊が一体となって活動を行うことです。これを推進するため、06年に「統合幕僚長」と「統合幕僚監部」が設けられました。統合幕僚長は自衛隊のトップとして防衛大臣を補佐し、統合幕僚監部は三自衛隊の運用についての幕僚組織です。

 統合幕僚長、同監部の設立によって何がどう変わったのでしょうか?

 それ以前は「統合幕僚会議長」および「統合幕僚事務局」が存在していました。統合幕僚会議長は陸・海・空の幕僚長(三自衛隊それぞれのトップ)とともに防衛庁長官(当時)を補佐していました。また統合幕僚事務局は統合幕僚会議(議長、三幕僚長による合議機関)の事務処理のためにおかれていました。

 以前は三自衛隊の指揮、整備、運用はそれぞれ別個に行われていました。陸自は陸上幕僚長、海自は海幕長、航自は空幕長がそれぞれ指揮を執行していました。陸・海・空三自衛隊の整備と運用も、それぞれの幕僚監部が行っていました。ポイントは三人の幕僚長がそれぞれ指揮を執行していたことと、三幕僚監部が「整備」と「運用」の両方を行っていたことです。

 以前の問題点は2つです。第一に、防衛大臣(当時は防衛庁長官)を補佐するものが複数存在することになるため、迅速な対処に支障をきたす恐れがありました。第二に、陸・海・空それぞれの幕僚監部(企業でいえば経営企画部)がそれぞれ別個に防衛力を整備、運用する体制だったため、三自衛隊を協同させる際に難がありました。

 統合幕僚長および監部の設置によって、これが改善されることが期待できます。

 統合幕僚長の設置によって、防衛大臣の補佐が一元化され、有事の際の対応が迅速になると考えられます。それに加え、統合幕僚長が「陸はアレをやり、海はそれをやり、空はコレをやりなさい」という三自衛隊の運用・指揮を執行する立場になるので、一つの方針に沿って三自衛隊が行動できるようになります。

 統合幕僚監部を設置し、三幕僚監部から運用権限を委譲させることで、自衛隊部隊の「整備」と「運用」が分離されます。三幕僚監部はそれぞれ陸・海・空の部隊を日ごろから整備することに専念するようになります。部隊の運用は、たとえ陸海空いずれかのみを単一運用する場合でも、統合幕僚監部が一元的に行うようになります。これによって三幕はその本来の仕事に集中できますし、運用は一元化されてスムーズになります。「フォース・プロバイダー」と「フォース・ユーザー」の分離です。

 統合運用の体制が整ったことによる最も大きな変化は「統合任務部隊」の組織であるといわれています。統合任務部隊とは、三自衛隊からそれぞれ部隊が拠出されて一つの部隊に編成されたもののことです。そこでは当然、一人の指揮官が三自衛隊の部隊を統一指揮することになります。統合任務部隊の組織は以前から可能でしたが、これまで実際に組織されることはありませんでした。しかし運用が一元化されたことで、統合任務部隊の組織が現実化しました。

 具体的には、例えば大規模な震災が起きた場合に統合任務部隊が組織されるだろうといわれています。その場合なら陸上自衛隊の方面総監が統合任務部隊指揮官になり、現場で被災者支援にあたる陸上自衛隊の部隊と、遠くから救援物資の輸送などに当たる海・空自衛隊の輸送部隊を指揮する予定だそうです。(統合運用の体制づくりにあたった統合運用計画室の西尾二佐の弁:セキュリタリアン 2006年5月号 p16)

統合運用と一軍制の違い

このように三自衛隊は共同で行動しやすくするため「統合運用」を推進しています。しかしそれなら、「最初から陸海空に分けないで、”統合自衛隊”にすればいいのに」とも思えます。

 自衛隊の場合、統合任務部隊は常設ではありません。任務上の必要に応じて臨時に組織されるものです。統合幕僚監部の下に「共同の部隊」として中央指揮所を管理する部隊が設けられますが、それはあくまで情報ネットワークを管理する部隊であって、戦闘部隊ではありません。統合運用は、統合幕僚監部の下の統合部隊を常設することではないのです。統合運用の場合、運用の指揮は常に統合幕僚長が執行しますが、統合部隊は常設ではなく必要に応じて組織されます。

 それに対して、常時部隊を統合したカナダ軍のような例もあります。カナダ軍は陸・海・空の区別を廃止し、ぜんぶ一つの軍にしました。指揮、補給、教育、情報、さらには制服さえも統一して、効率化をはかったのです。これを「一軍制」といいます。

 こちらの方が一見すると合理的にも思えますが、実際には多くのデメリットがありました。1979年に一軍化によって生じた変化を検証する委員会が召集され、報告がなされています。それによれば、主に良い影響が2つ、悪い影響が2つ生じたそうです。

 2つの良い影響とは、経済効率と政策決定の効率が上昇したことです。装備調達が一元化されたことで、施設やシステムの統廃合が進み、より経済的になりました。また各種委員会、会議が統廃合されたことで意思決定がスムーズになったそうです。


 逆に悪くなったことの一つ目は、運用効率です。三軍統合によって戦闘機のエンジニア部隊が陸軍の装備品、機器類の維持にもかかわるようになるなど、兵站および戦闘支援の部隊が三軍を横断して活動するよう求められました(組織の効率化)。それによって習得すべき専門技術や知識が増大したため、部隊の習熟度が下がり、かえって運用の効率は低下してしまいました。

 第二の悪い影響は、士気の低下です。ユニフォームまで統合してしまったことで将兵の帰属意識が失われました。それにともなって士気が低下したそうです。この反省から、現在のカナダ軍ではユニフォームは三軍別のものに戻っています。


 カナダ軍の実例から、統合して良い部分と悪い部分が存在することがわかります。自衛隊の統合運用はこの教訓を踏まえ、統合すべきところは統合しつつも、一軍制とは一線を画するものです。

 カナダのような一軍制は、異なる機能や能力を持つ軍種、部隊を「制度的・組織的に統合すること」です。

 それに対して自衛隊や米軍が採用している統合運用とは、異なる機能や能力を持つ軍種、部隊の「機能や能力を統合すること」だとまとめられます。

陸上総隊の創設の目的はなにか?

 統合運用をさらに進めるため「陸上総隊」設立が検討中です。これは、統合幕僚長による一元運用を円滑化し、三幕を防衛力整備という本来の仕事に集中させるという路線に沿った改革です。

 今回、創設がきまった陸上総隊司令部は、陸上自衛隊の実戦部隊の司令部です。海上自衛隊には自衛艦隊司令部、航空自衛隊の航空総隊司令部に相当します。

 これまで陸上自衛隊には、海空と異なり、実戦部隊すべてを統括する単一の司令部がありませんでした。そのかわりに5つの方面隊が並列して存在しており、中心を欠いていたのです。

 従来は陸上幕僚監部がその穴を補っていました。5つの方面隊の行動に一貫性を持たせるため、陸幕が調整にあたっていたのです。海空ならば自衛艦隊司令部や航空総隊司令部と同じような活動を、陸の場合だけ幕僚監部が代行せざるをえませんでした。

 統合運用体制になっても、この弊害は残りました。緊急事態に統合幕僚長が命令を伝える場合、海空の部隊を動かすときは自衛艦隊司令部と航空総隊司令部に伝達すればいいのですが、陸の部隊を動かす場合だけ、2つ以上の方面隊にそれぞれ命令を出さなければなりませんでした。複数の方面隊の任務を区分け、調節するという余計な仕事を統合幕僚長は負担せねばならないところでした。

 もと陸上幕僚長の西元徹也陸将は、陸上総隊創設が決まる前にこの問題点を指摘し、そのため「陸上幕僚監部はこの間の総合調整を行って、統合幕僚監部に対して積極的に支援し、補佐することがどうしても必要になります」と述べています。(セキュリタリアン同号、p19)

 しかし相変わらず陸幕が間に入っていたのでは、運用と整備の分離が未徹底になります。せっかく統合幕僚監部を創設したのに、陸幕だけ中途半端に運用に関わらないといけなくなります。これでは運用一元化が画竜点睛を欠き、命令の迅速化を損なう恐れがあります。それに加え陸幕は相変わらず余計な仕事をしょいこまねばならないので、整備に専念することができなくなります。

 このような事情から、統合運用を推進する目的で陸上総隊はあらためて創設が検討されているのでした。。


○参考資料
セキュリタリアン 2006年5月 「特集 陸海空 自衛隊の統合運用」
国際安全保障 2007年3月 「自衛隊 統合運用をめぐる諸問題」