リアリズムと防衛を学ぶ

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核戦略についてまとめ

今回は、個人的な勉強のために、核戦略論についてまとめてみます。


榊原良子が声をあてていない方のハマーン・カーンは、1984年に「考えられないことを考える」を著して、核戦争勃発にいたる5つのケースを挙げています。(安全保障学入門 p147)

  1. 奇襲的核攻撃
  2. 危機増大にともない、早期に核戦争に突入
  3. 西欧防衛のため米国が最初に核兵器を使用
  4. 長引く危機から核戦争へとエスカレート
  5. 動員戦争から核戦争へのエスカレーション

このように冷戦期には核戦争の勃発が真剣に懸念されていました。味方の核兵器によって敵の侵略を抑止するだけでなく、核戦争の勃発自体も抑止すべく、核戦略論が発達しました。

それは、いかに核戦争を防ぐかという苦慮の過程でした。以下、米国核戦略理論の推移についてです。

大量報復戦略とその限界

核兵器による抑止論は、第二次大戦終結から現在まで次々に進展してきました。ソ連の核戦略はよく分からないのですが、アメリカの核戦略は公に議論されて組み立てられたため、概観することができます。時系列順にその変遷をおってみましょう。

1945年からしばらくの間は、「大量報復戦略(1953年)」が適用されました。もしソ連がアメリカや西欧を攻撃すれば、アメリカの爆撃機によって大規模報復を行うというものです。「俺と俺の仲間に少しでも手を出したら、核爆弾で反撃するぞ」ということ。この時期、アメリカは核戦力で圧倒的に優位だったのでこういう戦略がとれました。


しかしその後、ソ連が核戦力を整備すると事情は変わります。ソ連による核反撃や、先制核攻撃を受ける可能性がでてきたからです。そのためアメリカは自国の核戦力を強化し、ソ連の核兵器を破壊できるようになろうとしました。ソ連の側でも同じことを考えるため、米ソ相互の核戦力は敵による先制核攻撃で破壊されてしまう恐れが高まりました。この「味方の核兵器は、敵の先制核攻撃で壊滅してしまうのでは?」という恐れは、以降ずっと核戦略論の課題となります。


これと同時期、学者の間でも段階的抑止論(54年キッシンジャー、56年アンソニー・バザード等)が展開されました。

この段階的抑止論を嚆矢として「制限戦争理論」が台頭します。通常兵器を用いて行われる、制限された目的のためになされる戦争(制限戦争)や、限定された地域で行われる戦争(局地戦争)を前提とした新しい戦略理論のことです。

このような理論が求められたのは、制限戦争に対して「大量報復戦略」は機能しないからです。制限戦争や局地戦争を敵が仕掛けてきたとしても、こっちから戦略核を先制使用する、というのは非現実的になりました。なぜなら向こうも核兵器を持っているので、そんなことをしたら核反撃を誘発してしまいます。こうなると、全面攻撃を受けたわけでもないのに、自国から核を使用するのは
あきらかに大損、過剰反応です。

ですから、戦略核を持ちながらも、それを用いずに戦争を抑止する理論が求められました。具体的には、小型の戦術核を開発して、核兵器の使用を段階的に引き上げていくことで通常兵器による戦争をも抑止しようという戦略です。

(とはいえ、この戦略には、相手もまた戦術核を持っていれば
核戦力のエスカレーションをとめられない恐れがある、という問題がありました)

さまざまな兵器を使う柔軟反応戦略の時代

このように、米ソ両国が核戦力を持ったことによる核抑止の安定化し、あわせて制限戦争理論があらわれたことは、その後の戦略論に大きな影響を与えます。

戦略核戦力においては、もっぱら第二撃能力を重視されるようになり「相互確証破壊戦略」につながります。それでは抑止できない制限戦争を抑止するために、戦術核と通常戦力をも含めて段階的に使用兵器をエスカレートしていくという「段階抑止戦略」が発展します。

このような流れがベトナム戦争の悪化を受けて結実し、62年に新しい戦略論が採用されます。テーラー退役陸軍大将の提唱による
「柔軟反応戦略(Flexible Responses Strategy)」です。ソ連の対米先制核攻撃は単なる可能性の問題に過ぎないとされ、より低強度で現実的な脅威に対しても柔軟かつ段階的に対処できる戦略が好まれたのです。その後、67年にはNATOも「柔軟反応戦略」を採用します。

ちなみに、最後の瞬間までソ連の指揮中枢への攻撃は留保される予定でした。指揮中枢まで破壊してしまうと終戦の決定さえできないからです。

相互確証破壊の確立

65年にマクナマラ国防長官が「米国はソ連の人口の4分の1から3分の1を、産業の3分の2を確実に破壊できるレベルに達した」と発表し、相互確証破壊戦略が明示されました。

この時点で米国の核弾頭は3万発に達していました。

キューバ危機において国家消滅の瀬戸際まで追い込まれた反省から、ソ連側でもこの相互確証破壊戦略は受け入れられました。
この時点から、全面核戦争は何としても回避する、というコンセンサスが米ソの首脳部間に確立されたといえます。


相互確証破壊戦略とは、核兵器による千日手です。アメリカはソ連を破壊できるだけの核戦力を保有し、ソ連もアメリカを破壊できるだけの核戦力を保有します。どっちが手を出しても敵の反撃を受けて自分も倒れてしまうので、どちらも手が出せず、核戦争は起きない、というわけです。


その後、ニクソンの現実的抑止戦略を経て米国の核弾頭量はますます増加し、3万2千発あまりとなりました。


これ以前の核戦略論は「懲罰的抑止」を基礎としたものでした。70年代に入ると、「報償的抑止」が前面に出てきます。
SALT−1やABM条約など、互いの脆弱性を敢えて残すことによって核戦争を回避しようという思想です。

その反面、戦術級核兵器の開発が盛んに進められ、小型核地雷や155ミリ核砲弾などが開発されました。

脆弱性の窓

とはいえ米ソの軍人の中には、相手側が「核戦勝戦略(nuclear war wining strategy)」ないし「核先制攻撃計画(nuclear first strike plan)を持っている、と主張する者が常に一定数おり、相手の先制攻撃を受けても対処できるよう備えようとしていました。

ソ連の核戦力向上によって、「脆弱性の窓(window of vulnerabillity)」の出現が危惧されたことで、それが顕著になります。

その原因は、MIRV(複数個別誘導弾頭搭載再突入体)の開発や技術の進歩によって核ミサイルの信頼性が高まり、かつ核弾頭の数が増えたことです。

例えば従来、SLBMは潜水艦から発射されることから、地上発射のICBMより精度が悪いため報復攻撃用とされていました。
しかし核兵器の性能向上によってSLBMでも敵の核兵器を目標とした第一次攻撃に使用できるようになりました。

このような変化のため、ソ連から先制核攻撃を受けた場合、米国の第二撃能力(特にその根幹たるICBM)はもはや生き残れないのでは?と懸念されはじめたのです。


そこで米国も核戦力の増強につとめ、やがてカーターは「相殺戦略」を採用します。ソ連が通常攻撃でくればアメリカも通常攻撃で、ソ連が戦術核で来ればアメリカも戦術核で、という風に、米国も同じようにすることで、核兵器を含むあらゆる攻撃手段のメリットを”相殺”させ、戦争を抑止しようという戦略です。

SDI ミサイル防衛のはじまり

レーガン時代になると、段階対処戦略は修正され、指揮中枢を徹底的に破壊する「断頭戦略」が現れました。

また、有名なSDI(戦略防衛構想)がはじまり、核ミサイルの空中破壊が本格的に研究されました。

SDIを嚆矢とするミサイル防衛についての戦略論は2派に分かれています。相互確証”破壊”戦略派と、相互証"生存"戦略派です。

前者は「戦略防衛の主目的は戦略核抑止を強化し、戦略攻撃兵器の削減を不可避にするものでなければならない」とするもの。

後者は「戦略防衛は究極的には長距離弾道ミサイルの脅威を完全に消滅させるほど完璧なものになりうる」という主張です。

もっともSDIをふくむミサイル防衛については、相互確証破壊の成立を崩すという批判意見もあります。


とまれ、このSDIがトドメの一撃となって、冷戦は終結に向かいます。冷戦終結後のアメリカは、まだ核の第一撃能力は維持しつづけるものの、それは最後の手段であると宣言しています。

核も非対称の時代へ


最近では、ならず者国家の地下軍事施設を破壊するための”小さな核弾頭”の開発を提案したりしています。
これは従来の戦術核よりずっと小さい範囲に被害を限定しているため、放射線の害がでるという点を除けば、非常に核兵器らしくない核兵器だといえます。

また、国際的ミサイル防衛の建設が進んでいます。この背景にはグローバル化にともなう世界の劇的な変化があります。

核兵器と弾道ミサイル技術の拡散により、小国や非国家主体(テログループなど)でさえ、核ミサイルを保有する可能性がでてきました。昔は北朝鮮のような小国が核兵器を持つなど考えられなかったし、ましてやアルカイダのようなテロ組織の核武装はもっとあり得ない話でした。しかし現在では、彼らでさえ核ミサイルを持つ恐れがあります。北朝鮮にいたっては本当に核武装してしまいました。

そのような失うものが少ない小国や、自分が死んでしまうことを恐れない非国家主体には、従来の核抑止は機能しない可能性があります。

従来の核戦略では「アメリカを核攻撃したら、こっちも核反撃で壊滅してしまう。それは嫌だから、核攻撃はやめよう」という風な考えを相手に強制していました。相手の我が身かわいさを利用していたわけです。

ところが「北朝鮮が滅びるくらいなら、世界を消してやる」と考え、公言したことのある独裁者や、自爆テロをためらわない連中は、”我が身かわいさ”よりも、相手を殺すことを優先する恐れがあります。

だからそういう連中の核武装に備えるには従来の核戦略では不十分で、ミサイル防衛を含めた新しい手段が模索されています。