リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

反撃能力を持たないと、自衛にも支障が出る

黄海で南北衝突が起きれば韓国は反撃する場合も

こんなニュースがありました。

韓国の聯合ニュースは7日、同国軍合同参謀本部の金泰栄議長が李明博大統領に対し、北朝鮮が黄海で韓国軍艦艇に地対艦ミサイルを発射すれば「地上、空中、海上から同時に(発射基地に)打撃を与える」とのシナリオを報告したと伝えた。

…李相喜国防相は2月の国会答弁で、黄海で北朝鮮が韓国側船舶に先制攻撃を行えば、ミサイルの発射地点を攻撃すると述べたことがある。(共同)

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

南北国境、とくに黄海で衝突が起きる可能性があることは以前の記事で指摘した通りです。

黄海で銃撃戦が起こるかもしれない

北朝鮮と韓国は黄海沖で1999年と2002年に交戦しています。北朝鮮が発表した「宣戦布告とみなす」声明でも、黄海上の米韓軍艦および一般船舶の安全航海を担保できない、と述べています。 99年、02年のような黄海等沿岸での交戦はいつ発生してもおかしくないものと思われ、北朝鮮の沿岸部隊が動いているのはそれに備えてのことでしょう。

「宣戦布告とみなす」宣言と弾薬準備、ロシアは核戦争を警戒 - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

敵地に対する反撃が抑止力を生む

自国の船舶が北朝鮮に攻撃を受ければ、その攻撃の拠点に対して反撃をかけて破壊するつもり、というのが韓国の見解です。

もし実際に交戦が起こり、北朝鮮の沿岸拠点が韓国の反撃で潰されれば、北朝鮮は難しい判断を迫られることになるでしょう。

報復に出れば全面戦争、つまり滅亡の危険を冒すハメになります。かといって報復せず黙殺すれば威信が失墜し、国内での支配力を低下します。どっちに転んでも美味しくない二択です。

そんな選択をする窮地に追い込まれたくないと考えれば、北朝鮮は黄海での振舞いに慎重になると期待できます。韓国が反撃能力を持ち、その意志を明確に示すことで、北朝鮮が軽率な攻撃を行うことを抑止できるわけです。

敵地に対する反撃は当然の権利

おかげ様で多くの方に閲覧を頂いた拙ブログの記事「日本国憲法は先制攻撃を認めている」でも、敵から攻撃を受けた後の反撃として敵地を叩くのは当然自衛の範囲に含まれることを書きました。

日本以外の国では、自衛のために反撃が含まれるのは当たり前で、あえて「敵基地攻撃」と言ったりしない

日本国憲法は意外と先制攻撃を認めている - 【移転済】リアリズムと防衛を学ぶ

韓国の場合も同様、北朝鮮が先に攻撃をかけてきたならば、それへの反撃として敵基地を破壊する能力を持ち、その意志を示しています。

しかし日本の場合は反撃能力の保有を自粛し、反撃についてはアメリカ軍に委ねることになっています。

これはどういう理屈によるものでしょうか?

「反撃」に使える能力は「侵略」にも使えるため、日本は自粛してきた

戦後日本は侵略戦争を二度としないことを誓い、自衛のみを目的とする防衛方針をとってきました。それは当然のことです。

ただし国際的に見て異例なのは「侵略をしない」ことだけではなく、「侵略に使用可能な装備は、例え自衛のために使うものであろうと、保持しない」という姿勢をとったことです。

分かり易いのは戦闘機F4EJを導入する際の論議でしょう。

この戦闘機には対地爆撃能力があります。しかし、日本がこれを買った際には、わざわざお金をかけてその能力を削除する改造を行いました。

1967年 (昭和42年) の国会で社会党日本共産党などの野党の追及を受けた防衛庁長官の「周辺国の脅威になる爆撃機能 (対地攻撃能力) を持たせない」との答弁を受けて
・核兵器制御装置 DCU-9/A
・爆撃コンピュータ ASQ-91
・空対地ミサイル・ブルパップ制御装置 ARW-77
・空中給油装置
を省略した機体をF-4EJとして最終的に140機を配備した。なお対地攻撃能力はF-4EJ改への改修の際に追加されている。

F-4 (戦闘機) - Wikipedia

対地攻撃能力は必ずしも侵略のためだけに使われるものではありません。外国の軍隊が日本の主要四島や離島に上陸して来た際、これを撃破するために国内で対地攻撃するなら、それは明らかに自衛のための使用です。また、国際的常識に従えば、敵の侵略を受けた後、それ以上の侵略を防ぐために敵策源地を攻撃することもまた自衛の範囲です。

兵器の種類によって「これは侵略用」「これは自衛用」という区別があるのではなく、それをどう使うかによって侵略にも自衛にもなります。

しかし日本の場合はそもそも「侵略をしようにも、能力的に不可能」でなければならん、という方針がある程度堅持されてきました。

しかしこれには大きな問題があります。

侵略にも使えるからといって必要な兵器を導入しないと、自衛にも支障がでる

前述のようにたいていの兵器は「侵略にも使えるし、自衛にも使える」という性質を持っています。

それを「これは侵略にも使えるから、もっては駄目だ」と自粛すると、侵略もできないが自衛にも支障をきたす、ということになります。

その代表例がトマホークのような長距離ミサイルです。

長距離対地ミサイルは自衛隊が以前から保有を希望しながら、政治判断によって保有を禁じられてきた装備の一つです。長距離対地ミサイルは敵地攻撃にも使えます。しかし同時に、離島有事等の国土防衛にも大きな役割を演じます。

離島が外国軍に占拠され、レーダーと対空・対艦ミサイルを据えられると、この離島に再上陸して奪還するのは容易ではないといいます。危なくて島に近寄れないからです。そこで、長距離ミサイル等の長射程兵器で遠距離からレーダー等を破壊してから接近し、上陸をはかることになります。

このため自衛隊が地対地ミサイルの研究を検討したことがありますが、公明党の反対によって取りやめになってしまいました。

政府は七日、地対地の長射程精密誘導弾(ミサイル)の研究開発について、次期中期防衛力整備計画(二〇〇五−二〇〇九年度)には盛り込まないと決めた。公明党の反発を受けたためだ。
防衛庁は「離島を侵攻された場合の反撃用で、射程三百キロ・メートル以内であり攻撃的な兵器ではない」とし、「巡航ミサイル方式と弾道ミサイル方式で計40億円の研究費を考えている」と説明した。

これに対し、公明党議員は「あまりにも唐突だ」「日本の技術をもってすれば射程を延ばすのは容易で、近隣国に届くものにできる」などと了承しなかったため、政府側が削除に応じた。
[次期防、「長射程ミサイル」削除 「唐突だ」公明反対]2004.12.08 東京朝刊 4頁

この計画はそれ以降、頓挫したままです。ですが自衛隊はいま離島有事への対処能力を構築中ですので、離島防衛のためのアウトレンジ攻撃能力は遠からずボトルネックとして議論になるでしょう。

このように「侵略にも使えるから」といって保有を自粛させられている兵器の中には、自衛のために有効な装備もあります。特に対地ミサイルなどは、それが無いことによって離島奪回のハードルがかなり上がると考えられます。侵略戦争をしないための兵器保有の自粛によって、自衛にも支障をきたす恐れがあるといえるでしょう。

この面から見ても、反撃(反抗策源地攻撃)能力の保持は解禁するのが理に適っているというべきではないでしょうか。なぜなら反撃能力は自衛のために有効ですし、それを持ったからといってただちに侵略戦争に走ってしまうわけではありません。逆に反撃能力を行使するどころか、それを保有することすらいけないという自主規制は日本の防衛力を低下させ、ものによっては自衛に支障をきたす恐れさえあります。

他方、反撃能力保持の後の防衛力使用については国民と議会の責任がますます重要になるといえましょう。国民が徒な戦争を忌避し、国民の代表たる議会が武力の使用に抑制的であり、かつきちんと文民統制を行って、保有した反撃能力を侵略に使わず、自衛のためだけに用いることが必要です。また反撃能力を実際に行使するにあたっては、内閣と議会が内外の情勢をよく勘案して、その使用の可否や目標について適切な決断を下すことが大事です。

侵略戦争を防ぐものは兵器、軍隊といった「道具」ではなく、その「使い手」たる国民とその代表がしっかりしているか否かなのです。