リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

とりあえず、この1冊を読んでおけば。「安全保障入門」

安全保障入門 (星海社新書)

安全保障入門 (星海社新書)

 

 本書は安全保障に関するさまざまなトピック、概念をひとつひとつ丁寧に解説した入門書です。安全保障に関連する国際政治や防衛のトピックについて、専門書を買って勉強するほどではないけど、何となく興味はあるし、ちゃんと知りたい、という人に好適です。

本書の良いところ…手に入りやすい入門書で、類書がない

「安全保障」と呼ばれる領域について入門書を書くというのは、すごいことです。「安全保障」領域は「戦略学」や「平和学」などに比べ、とても幅の広いものだからです。だからその類の入門書は、分厚くて値段が高くなりがちです。

例えば「安全保障ってなんだろう」「新訂第4版 安全保障学入門」「安全保障のポイントがよくわかる本―“安全”と“脅威”のメカニズム」等はどれも良質な入門書で、「よし、勉強するぞ」という人には好適です。でも、別に専門的に勉強するほど興味はないけど、ニュースを見たりしてちょっと気になってる…という人には、重たすぎます。

その点、本書は新書で、手に入り易く、平易な言葉で丁寧に書かれています。その上、「安保法制が通れば明日にも戦争が起こる」とか「憲法を改正しないと直ちに中国が攻めてくる」とか、そういう著者の意見が先に立った本ではありません。著者の意見は抑えに抑えて、ひとつひとつのトピックを丁寧に解説した貴重な本です。

本書の物足りないところ

本書は、「安全保障の論理」「戦争の論理」「平和の論理」「世界の諸問題」「日本の安全保障問題」に分け、さまざまなトピックや用語を幅広く解説するスタイルです。

一方で、本全体を通じての流れは希薄です。これは今日の安全保障領域が拡散しているためでもあるのですが、一つのトピックから次、また次と移行する際の前後の関係が見えづらいように思われます。

また「それが何であるか」について丁寧に書かれているのですが、「なぜそうなったのか」についてはあまり触れられていません。もっとも、そこまで掘り下げていては紙幅の問題が生じるのかもしれません。

新書という分量の制限を踏まえた上でも「これは入れて欲しかった」と思うのが、いわば「国家の論理」の章です。

本書は、国際社会の最も基本的なアクターが主権国家であり、それぞれが武装していて、時に衝突する、世界とはそういうもんだ、ということを前提にしています。ここで「そもそも何で?」「おかしいじゃないか」と思う人は、その点がひっかかりになり、本書の筋道にうまく乗れないかもしれません。また、「国家主権」、「民族自決」といった話をしないままでは、「人道的介入」や「コソボ独立」「クリミア併合」といったトピックの衝撃性を伝えるのが難しいように思います。

そこで、現代の主権国家及び国際社会がどのようなものであるかを解説する章があれば、他の章がより生きたのではないかと思います。

とはいえ、それらは「欲を言えば」という話であり、本書の社会的な重要性を損ねるものではありません。

高まる安全保障の重要性

日本に暮らす人にとって、安全保障の重要性は日ごとに高まるばかりです。先年の安保法制論争を思い出すまでもなく、テレビをつければ尖閣諸島だ、弾道ミサイルだ、南シナ海だと、数ヶ月に1度くらいは安全保障の大きなニュースがでてきます。

 

だから、安全保障上の話題や用語・・・例えば「集団的自衛権」、「ミサイル防衛」「武器輸出」といった話題を何となく聞いたことがある人は少なくないでしょう。もう少し興味のある人は「勢力均衡」や「地政学」といったマニアック専門的な用語がでてくる解説記事や本を読んだことがあるかもしれません。

ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授は、「安全保障は酸素のようなものである。失ってみたときに、はじめてその意味がわかる」(Security is like oxygen. You do not notice it until you begin to lose it.)と言っています。最近の日本では安全保障のニュースを目にすることが増えているとすれば、「酸素」のようにあって当たり前、なくてはならない安全保障が、失われる恐れが高まっているのかもしれません。

リテラシー・レベルの安全保障理解が必要

安全保障については、テレビに呼ばれるような知識人や、新聞記者の方でも基本的なアイデアや歴史をよく理解していなかったりするなど、きちんとした議論をできる人が不足しています。

本書のような、基本的なアイデアや用語を一つ一つ丁寧に書いた本を読み終えた人は、巷間に出回っているやたら恐怖や怒りを煽るような議論を、冷静に眺めることができるようになるでしょう。

本書を読んでイキナリ詳しい人になれるわけではないけれど、「安全保障というのはこういうことを考えている分野なんだ」「ニュースにでてくるあの用語はこういう意味なんだ」ということがある程度は分かるように、分かった上で自分で考えることができるようになるでしょう。

そういった市民としての教養、リテラシーのレベルの安全保障理解を多くの人が持てば、日本の安全保障論議ももっと地に足がついた、建設的なものになっていくのではないでしょうか。

その意味で、本書は多くの人に読まれてほしい本だと思います。

 

安全保障入門 (星海社新書)

安全保障入門 (星海社新書)